新築分譲マンションはまだまだ「割高」

先にあげたケーススタディでは「築幻年の二戸建て」と「新築マンション」の選択を検討した際、大きく差がついたところが「価格」です。
 
新築マンションは築訂年の二戸建てに比べて約2・7倍の価格。そのわりは狭くて管理費や修繕積立金、さらに駐車場使用料とランニングコストが必要でした。
 
じつは、新築マンションの価格は全般的に「割高」といえる状態にあります。
 
2004年ごろからのミニパマフルによって高騰し始めた新築マンションの価格は、ω年の初頭からかなり下落しています。
 
しかし、まだこの「割高」を解消するところまでは下がっていません。
 
また、この先数年で「割高」を解消するところまで下落が進むとも思えません。
 
家の価値はこれから変わる!
 
では、なにを基準に「割高」といえるのか?
 
ひとつの目安は、1990年のバブル崩壊以降に下落し続けた不動産価格が、いわゆる「底値」をつけたといわれる2002年ごろの水準です。
 
あの当時の価格が、需要と供給によって決められた健全な市場価格だと仮定すれば、それを基準とすることができます。
 
もし、外国からの投機マネーが流入しなければ2002年の水準から、さらに下がっていた可能性すらあるのです。
 
次に、最近よく用いられる基準としての、「収益還元法」で考えてみましょう。
 
簡単に説明しておきます。
 
もとの仕組みはいたって単純。
 
その不動産から得られる収益(主に賃料収入)から逆算します。
 
たとえば、収益5%を前提に、年聞の賃料収入が240万円見込めるマンションの「適正価格」を算出してみましょう。
 
240万円が5%にあたるので、その100%となると4800万円、ということになります。
 
そのマンションが6000万円で売り出されていたら、1200万円ぷん「割高」。
 
逆に4000万円だったら800万円が「割安」という具合に判断できます。
 
この際に重要なのは、収益を何%と想定するか。
 
これはむずかしい問題なのですが、都心や人気エリアなど、容易に借り手が見つかる立地だと5%。
 
これを起点に、立地や物件の老朽度なE借り手がつきにくくなるに従ってパーセンテージを上げていきます。
 
郊外の駅から離れたマンションだったら日%超もあり得ます。
 
この方法で「適正価格」を算出した場合でも、販売中のたいていの新築マンションはかなりの「割高」になってしまいます。
 

マイホームはなぜ、「つねにギリギリ」のところにあるのか?

マイホームって、ムリしてまで買うべきものでしょうか?
 
私はちがうと思います。
 
世間の住宅評論家はよく「マイホームは、手の届くギリギリのところにある」的なことをいったり書いたりしています。
 
実際、東京や大阪、名古屋といった大都市圏では、その仮定はある程度あてはまります。
 
なのに、どうしていつも「ギリギリ」なのでしょう?
 
不動産価格が下落している時期には、「ギリギリ」ではなく「ラクラク」に買えるところまで、マイホームの価格が下落してもよさそうなものです。
 
そうはならない理由は、いまやマイホームの主流になっている新築マンションの分譲業者が、いつも「ギリギリ」のところで商品をつくっているからです。
 
ここのところを、少し詳し〈解説しましょう。
 
まず「ギリギリ」とはどこかを定める必要があります。普通の方が住宅を買う場合の予算は、「年収の5倍」というのがひとつの目安になっています。
 
でも、これは金利の変動によって多少変わります。
 
また、「返済額が年収の却%以内」という、住宅ローンを貸し付けるときの金融機関の目安もあります。
 
これは、頭金をいくら用意するかによって変動します。
 
ここではひとまず「ギリギリ」を「年収の5倍」と仮定しましょう。
 
日本のサラリーマンの平均年収は500万円弱です。
 
首都圏、だと、これが600万円近くになります。
 
ホワイトカラーだけだと700万円から800万円くらいが大きなボリューム、ソーンではないでしょうか。
 
その年収の5倍は3500万円から4000万円ですね。
 
じつは、首都圏で発売されるファミリー向け新築マンションの価格は、このあたりが中心なのです。
 
不動産価格が高騰していても、あるいは下落していても、不思議なことにこれはあまり変わりません。
 
ただ、そのマンションが開発される場所がちがうのです。
 
土地が高いときには、うんと郊外になります。安く用地が仕入れられる時期には、これが都心に近寄ってきます。
 
寸たったら、土地が安いときに郊外でマンションを開発すれば、うんと低価格で発売できるではないか?」
 
その通りです。
 
そういう例もまれにあります。ただ、主流ではありません。
 
なぜ、そうしないのか?
 
単純に、マンションの開発業者がやりたがらないだけのことです。
 
理由はいろいろ考えられます。
 
●価格が安いともうからない
●低所得者を相手にするのは面倒くさい
●郊外だとカッコ悪い
 
いずれも、マンション開発業者の勝手な都合なのです。
 
まず、彼らの発想の基本は「どれだけラクしてたくさんもうけるか」というところにあります。
 
たとえば、新築マンションを分譲した場合の粗利益はおおよそ却%です。
 
4000万円のマンションを100戸売ると、ざっと8億円の利益が出ます。
 
ところが、これが1900万円になると得られる利益は3・8億円。事業を遂行する上で彼らがかける手間隙は、4000万円のマンションを100戸売るより、1900万円のマンションを100戸売るほうが煩雑かもしれません。
 
まず、モデルルームには低所得者がたくさんやってくるので、接客がたいへん。
 
審査も通りにくいので、多くの銀行に申請を出さなければなりません。
 
みんなギリギリで買うのでキャンセルも多い:::なのに得られる利益は半分以下です。
 
「だったら、わざわざそんな面倒くさいことはやらないで、4000万円のマンションをつくろうよ。それを買ってくれる客はいるわけだし、だいたいそのほうがもうかるのだかローンら家の価値はこれから変わる!
1900万円くらいのマンションはあまり世の中に出てこないのです。
 
たまに出てきたとしても、そんな事業を行なった企業は「あいつら、なんであんな面倒くさいことやっているのだ」と、業界内で冷笑されるのが関の山。
 
ということになって、したがって、「どれだけラクしてたくさんもうけているか」ということをめざすマンション分譲業者たちは、つねに需要層がギリギリに購入可能なところに価格を設定した商品を供給し続けることになります。
 
そして、大多数のマンション分譲業者には「安くてよいものを供給しよう」という発想が、ほとんどありません。
 
せいぜい「みなさんの買える中では、ワチの商品はいいモノですよ」とセールストlクできる程度に、商品の中身を整えようとするくらいのものです。
 
だから、「つねにマイホームはギリギリ」のところにあるわけです。考えてみれば、これはかなりおかしな話です。
 
かつて、流通業界には中内功という人物が現れました。ダイエーの創業者です。
 
彼はスーパーマーケットという業態をつくり上げて、消費者が日ごろ商屈で買うあらゆる商品の「価格破壊」を行ないました。
 
自動車業界では、トヨタ、日産、ホンダ等々のメーカーが蟻烈な技術開発と価格面での競争を繰りひろげたおかげで、私たちは初年前とほとんど変わらない価格で、格段に性能が進化した乗用車を購入できます。
 
ところがマンション分譲の世界では、初年前とほとんど同じ事業スキームがそのまま生きています。
 
建築技術や設備面は多少進化したものの、本質的にはきして変わらない鉄筋コンクリート製の集合住宅を、初年前の何倍もの値段で売っているのです。
 
進化、がないといえば、これほE進化のない業界もめずらしいのではないでしょうか?
  

お年口ーンはもう古い!

このシミュレーションでご紹介した新築マンションは、駅から徒歩日分と資産価値に少し問題がある物件です。
 
でも、これが駅から徒歩3分で叩ぱ・3580万円のものだったらどうでしょうか?
 
「僕たちの収入じゃ買えないよ」きっとそうなりますね。
 
でも、もし両方の実家から500万円、ずつ出してもらえば、先に紹介した物件とほぼ同じ条件になります。
 
「そんな古い家は止めておきなさい。世間体も悪いじゃないか。
私たちがお金を出してあげるから、駅に近いこちらのマンションを買いなさい。
そのほうが私たちも遊びに行きやすいから」
 
いかにもありそうですね、こういうケースは。
 
いままでならノlタイムで徒歩3分の新築マンションでした。
 
駅徒歩3分のマンションのほうが、あきらかに資産価値が高いからです。
 
将来の値上がりさえ期待できました。
 
値上がりすれば、使えたのです。
 
ローンが払えなくなった場合に「売却」という手がでも、これからは違います。
 
いまや「吉祥寺」や「自由が正」といった首都圏の人気の駅でもない限り、駅徒歩3分といってもマンションの資産価値は年月とともに下がっていきます。
 
公務員のように、いまの収入が継続する見通しがあれば35年ローンもいいでしょう。
 
そうでない方は、ローンの返済期間は極力短く設定するべきです。
 
そもそも、お年という途方もなく返済期間の長いローンは、「土地神話」を前提としているとしか思えません。
 
「土地神話」が生きていた時代は、住宅ロlンが払えなくなれば「売却」することでいつでも一括返済できました。
 
実際、そういうケースも多くありました。
 
いまは住宅ローンが払えなくなると、まず任意売却。
 
そうでなければ「競売」を申し立てられます。
 
最終的にはローンを残したまま住宅を明け渡さなければいけないのです。
 
つまり、「売却」したからといって問題はなにも解決しないのです。
 
それに、この夫婦にとっての使用価値で考えた場合、ふたつのマンションの評価はあまり変わりません。
 
まず、広さは最初のマンションとほぼ同じ。
 
徒歩3分といってもご主人は車通勤だから、ほぼ関係ありません。
 
奥さんのパートはたしかに便利になります。
 
でも、ローンは35年ではなくお年です。
 
やはり、これは避けるべき選択です。

「使用価値」で選べば、どちらか?

では、ここで整理してみましょう。
 
この家族の選択肢はいまのところ3つあります。
 
[①いまの賃貸アパートに住み続ける]
駅徒歩9分特ぱ
月々7万円(駐車場込み)
 
[②新築マンションを購入する]
駅から徒歩市分飽凶2580万円
月々6万8000円(お年)+管理費・駐車場2万2000円H約9万円
 
[③築訂年の=戸建てを購入する]
駅から徒歩辺分土地110J川、延床面積mwd
月々8万2000円(叩年)ただし、要リフォーム
駐車場付950万円
 
どういう選択をするか、それは各人の価値観によります。
 
ここでは「資産価値」と「使用価値」の二通りの基準で考えましょう。
 
まず、資産価値の視点でこのマンションと一戸建てを、購入後叩年で売却すると仮定してくらべた場合、じつはあまり変わりません。
 
マンションは新築とはいえ駅徒歩日分です。鉄筋コンクリート造なので、m年後でも初年後でも買い手が見つかれば売却することは可能です。
 
しかし、m年後は購入時の半額くらいになっていることを覚惜しなければなりません。
 
シミュレーションのようにお年ローンを組んだ場合、m年後にはロlンの残債が資産価値を上回る「逆ザヤ」になりそうです。
 
それでも、まだ「売れる」だけ資産価値はあるかもしれません。ただし、ロ1ンが残るぷんを考えれば、資産価値はマイナスです。
 
築幻年の一戸建ては、いまでも土地だけの評価額です。というのは、木造住宅の不動産評価額は築お年でゼロになるからです。950万円は110d(約お・3坪)の土地だけの値段と考えていいでしょう。
 
そして、m年後には値がつかない可能性があります。
 
つまり、この家族のような買い手は現れないかもしれません。
 
すると、資産価値は限りなくゼロに近づきます。
 
さらに、いまの賃貸に住み続けることを資産価値基準で考えれば、やはりゼロ評価。なにも資産が残りませんから。
 
つまり、どの選択肢を選んでも、m年後の資産としてはほぼ期待できないということです。
 
次に使用価値で考えましょう。
 
まず、いまの賃貸アパートを見ると、かなり低い評価となります。賃貸用の安普請で住み心地もよくなく、しかも手狭。およそ快適とはいいがたい状態です。
 
新築マンションの場合はどうでしょう。侃凶とちょっと狭めなので、子供がふたりになるとキツそうです。
 
でも設備はピカピカの新品で、使い勝手も悪くないでしょう。
 
ただし、そこにかかる費用は二戸建てに比べて約3倍。コストパフォーマンスはかなり悪くなるので使用価値がさほど高いと評価できません。
 
一戸建ての場合はかなり違ってきます。
 
まず、古いとはいえ、まだ使えそうな住まいの広さは何ぱ。増築すればさらに広くなる可能性もあります。
 
もうひとり子どもが増えても、のびのび暮らせそうです。
 
しかも、駐車場は未来永劫無料です。ス
 
ペースにはまだゆとりがあるので、場合によっては奥さんがパートやお買い物に使うための軽自動車を購入して置くこともできます。
 
さらに、コスト面が圧倒的に有利です。いまの家賃プラス1万2000円の返済を続ければ、m年後には完全な所有権のある「わが家」です。
 
資産価値がゼロになっても、日年目からはわずかな固定資産税のみで住み続けることができるのです。
 
ただ、老朽化するのでところどころ補修は必要ですが、ご主人はDIYがお好きなのでそれほど多額の費用を見込まなくてもよさそうです。
 
リーズナブルなコストで「使う」ということに重きをおいた使用価値の基準から考えて、それなりの高い評価を下せます。
 
ただ「古さ」がワィlクポイントになりそうです。これについては、その克服方法を後でくわしく解説します。

築27年の一戸建て1290万円⇒950万円?

アパートに帰ってみると、またポストにチラシが入っていました。
 
今度はモノクロ刷りで、紙も小さめ。最初に手に取ったのはご主人です。
 
「おい、二戸建てが1290万円だって」
「へえ、本当?」
 
それは、駅から徒歩辺分の場所にある敷地面積110d、延床面積何ぱの木造二戸建て。
 
築幻年と古く、間取りは4DK。小さな庭と駐車場付きです。
 
「これって、あの正の向こうのMタワンだよ」
 
そこは初年ほE前に分譲された却区画ほどの一戸建ての分譲街区。ご主人は仕事で何度か行ったことがあります。
 
「へえl:::あそこって、ちょっとくたびれているわよね」
 
奥さんのいうとおり、街並みにきびしさが漂うところです。
 
「でも1290万円って、安いよなl」
 
さっき見たマンションの半額です。
 
「とりあえず、見に行こうか?」昼食後、今度はその二戸建てを見に行くことにしました。
 
「意外と近いのね」
 
ご主人の運転する車に乗っていくと、わずか数分で着いてしまいます。
 
「でも、やっぱり築幻年だよね」
 
モルタルの外壁は、ちょっと汚れています。家の周りには雑草も生えて:::。
 
「どうぞ、ご覧ください」
 
待っていた仲介会社の社員に案内されて、空き家になっている屋内へ。
 
「へえ:::築幻年なので、とんだボロ家かと思ったけれど:::」
 
「はい。ここはSハワスのツlパイフォーですから、つくりはしっかりしています。
 
ちょっと手を加えれば、まだまだ住めますよ」
 
たしかに、フローリングの床には傷が目立ち、壁紙はところEころはがれかけていますが、どちらも致命的というほどでもありません。
 
「給湯器は古いので、替えられたほうがいいかもしれません。でもキッチンとパスルlムは8年前に取り替えられたようなので、まだまだ大丈夫」
 
「でも、台所のつくりが古いわよね。ちょっと狭い感じ。」
 
この壁がなければオープンカワカウンターキッチン派の奥さんは、うらめしそうにキッチンの壁を見ています。
 
でも、駐車場は屋根付き。小さな庭は、もとが芝生だったようですが、いまは雑草がボウボワ。
 
その中に置き捨てられている小さなaブランコで、子どもが遊び始めました。
 
「ここはいつまで人が住んでいたのですか?」
「はい4ヵ月前です」
「ということは、ずっと売れなかったということ?」
 
ご主人が、業者さんの顔をのぞき込みます。
 
「ええ:::まあ:::最初は1590万円で出していたのですが、なかなか売れなくて:
ひと月前からいまの値段に下げて出しているのですが:::」
業者の担当者もちょっと苦しそうです。
 
「へえ:::、だったらさ、ここは思い切って900万円くらいにしてもいいんじゃないの?」
 
ご主人が冗談っぽくいってみました。
 
「はい:::900万円なら、お買いになりますか?」
 
「ええっ、本当に900万円になるの?」
 
「ええ:::まあ、売り主さんに聞いてみないとわかりません、が、可能性はゼロではありません」
 
ちょっと冗談で聞いてみたご主人にとっても意外な展開になりました。
 
2日後、業者さんから電話がありました。
 
「売り主さんに確認したところ、900万円はきびしいけれど、950万円だったらお売りします、ということです」家の価値はこれから変わる」
 
奥さんはさっそくインターネットで住宅ロlンのシミュレーションをしてみました。
 
固定金利で全額融資を受けられたとして、いまの家賃とあまり変わらない返済額にするとm年で完済できそうです。
 
「お年ローンよりも、m年のほうがなんだか安心よね」
 
その日のうちに、新築マンションの販売担当者からも連絡が入りました。
 
「ローンの仮審査、OKです」

「使用価値」の選択シミュレーション

住まい選びの基準を「使用価値」に置き換えることによって、どのような変化が生まれるのでしょう?
 
まず、不動産にとってもっとも重要な「立地」。
 
「資産価値」だったら、人気の路線、駅からの近さ、閑静な住環境、ショッピングや学校なEの利便施設が豊富:::、こんな感じになります。
 
これが「使用価値」だとどうなるのでしょう?
 
それは実際に住む人によって異なるので、一概に「こうなります」ということはいえません。
 
でも、ここでは本のタイトルである「年収200万円から」の方を想定して、ひとつのシミュレーションを描いてみましょう。
 
夫29歳 地元の中小企業に勤務・年収280万円
妻28歳 専業主婦・パート収入が年切万円
子2歳(パl卜のときは母親の実家で預かる)
現在の住まい東京都多摩エリアの木造賃貸アパート・駅徒歩9分・特2mの2DK家賃は月々7万円(駐車場含む)

貯金50万円
車20万円で購入した中古のマーチ
 
東京の場合、お区から離れても家賃はそれなり。
 
この家族が借りているアパート代は月々6万5000円。
 
駐車場代が5000円です。子どもはまだ2歳ですが、大きくなると必ばではちょっと手狭。
 
それにもうひとり生まれると:::いつかは引っ越さなければいけませんね。
 
ご主人は車通勤なので、駅から遠くても大丈夫。でも奥さんがパートをしているのは駅前のスーパーです。

住まいは「資産価値」から「使用価値」へ

経済成長期、住まいを選ぶときの第一の基準は「資産価値」でした。

つまり、

●将来の値上がりを期待する
●中古で売却するときのことを考える
●賃貸運用するときのことを考える

というような点が重視されました。

住宅購入に対するアドバイスも

「マンションの価格は初%が立地で決まる」
「駅から近いほうが賃貸に出しやすい」
「南向きの方が将来売却しやすい」

といった内容が多かったと思います。

たしかに、そういう面もあります。

でも、これらはすべて不動産の「資産性」を基準にしています。

この「資産価値」を基準に住まいを探すと、その不動産のもつ実用性の一部分にだけ光を当てていることになります。

●立地のステイタス、が高い
●近隣に人気のスポット(商業施設)がある
●新築か、築年数が浅い
●建物のデザインセンスがいい
●最先端の設備が採用されている

などの条件を満たす必要があるからです。

そして、多くの人が「資産価値」を基準に住まいを買おうとするため、こういった条件を多く満たしている物件は自然と価格が高くなります。

ここで、発想を転換しましょう。

住まいは、人聞の役に立ってこそ価値があるものです。

「将来の値上がり」に期待せず、「将来の売却」を想定せず、「賃貸に出す」こともない場合、住まいはそこに暮らす家族がまず

「どれだけ安全に使えるか」
「どれだけ使いやすいか」
「どれだけ低コストで使えるか」
「Eれだけ長く使い続けられるか」
「どれだけ気持ちよく使えるか」

といったことを基準に考えるべきです。

つまり漠然とした人気やステイタスに支えられた「資産価値」ではなく、家族が楽しく安全に暮らすため、という実用の目的がはっきりとした「使用価値」です。

ただ「使用価値」で選ぶための基準は、それぞれの家族によって大きく異なります。

家族によって住まいの「使い方」が異なるからです。

子どもを伸び伸び育てるために自然の近くで暮らしたいという発想もあれば、偏差値の高い学校に通わせるために街の中に住みたいという考えもあるでしょう。

自分たちはそこでどういう暮らしを行ないたいのか、という住まいの「使い方」により、選ぶべきものはかなり異なります。

つまり、「使用価値」の基準は家族ごとに異なり、じつに多彩に広がっているのです。

「資産価値」のように狭い範囲に需要が集中することもありません。

そのぶん、価格にも反映され、安価に住まいを購入できる可能性が広がるのです。

人口減少の時代、住宅は「資産」をつくらない

「土地神話」には、じつはそれなりの根拠がありました。
 
まず、経済成長期には土地への「需要」は増えこそすれ、減ることはなかったのです。
 
工場をつくり、ピルを建て、住宅を供給するために、多くの土地が必要でした。
 
しかし、時代は変わりました。
 
社会は成熟し、経済成長は止まりました。企業は工場を海外へ移転するようになりました。
 
その跡地が都心の近くだと、だいたい住宅に転用されます。
 
人口も減り始めました。不足していた住宅は、いまや余っています。
 
全国の空き家の数は750万戸を超えたそうです(総務省「平成初年住宅・土地統計塁」)。
 
空家率は13.1%にのぼっています。
 
つまり、需要は減り、供給は増えました。当たり前ですが、価格は下落します。
 
バブルが崩壊した1990年以降のロ年間、住宅の価格はなだらかに下がり続けました。
 
ところが、2003年になるとなぜか上昇し始めたのです。
 
不思議でしたね、あのころは。
 
サラリーマンの給料が上がらないのに、段はどんどん上がっていきましたから。
 
2005年ごろから2008年までは、後に「ミニバブル」と呼ばれる高騰となりました。
 
これについては、実際の需要が増えたから、というまっとうな理由では説明しきれません。
 
ミニバブルのきっかけは、海外の投機マネーが日本の不動産価格の下落と低金利に日を
つけ、レパレッジを効かせてビルやマンションを買い漁ったことでした。
 
それに付和雷同するように国内のファンドや不動産業者がピルやマンションなど、さまざまな不動産をどんどん買いに走りました。
 
一方、住宅市場では団塊ジュニア世代が一次取得層として大きなボリュームを占めていました。
 
その旺盛な需要が高まる中、住宅ロlンの融資基準が緩み、頭金ゼロの融資が盛んに行なわれたのです。
 
こういった要因が重なり、東京都心から始まった不動産の高騰は、やがて地方都市や郊外にも及んでいきます。
 
新築マンションをはじめとした住宅の価格は急激に上昇しました。
 
ミニバブルが拡大し、過熱していったのです。いまから見れば、かなり特異な現象だったといえます。
 
そういった現象は、当然ながら長続きしません。
 
まず、高くなったマンションや二戸建てが買えるほど、個人所得は伸びていませんでした。
 
当然、マンション等の分譲住宅市場は販売不振に陥ります。
 
そして、サブプライム問題による信用不安は世界中に広がり、日本で猛威を振るった外資ファンドは次々と撤退。
 
2008年には、不動産価格高騰で「我が世の春」を謡歌した囲内ファンドやマンション分譲企業が次々と倒産しました。
 
ミニバブルがはじけたのです。
 
住宅の価格は、再び下がり始めました。
 
ここしばらくは、この下落傾向が続くでしょう。
 
この先、また海外からの投機マネーでも入ってこない限り、住宅価格が上昇することはなさそうです。
 
というのは、人口が減り、住宅が余っていく中、需要が供給を上回るとは考えにくいからです。
 
この状態が続く限り、住宅を買う際に将来の値上がりは期待できません。
 
昔のように住宅を購入することで資産は形成できなくなったのです。

「土地神話」が不動産の価値観を査めた

とにかく、お金が余ったら不動産を買う:::

 

ちょっと前まではそういう人がたくさんいましたね。

 

じつは、いまでもかなりいます。

 

こういう発想は、ほぽ「土地神話」のなごりです。

 

「土地神話」というのは、土地は年月をへるに従い値上がりし、決して下がることはない、という戦後の日本に根づいた、まさに「神話」です。

 

実際、1990年にバブルが崩壊するまで、土地の価格はほぼ右肩上がりで上昇を続けました。

 

持っているだけで、どんどん資産が増えたのです。

 

だから、個人でも法人でも「持つこと自体が目的」の土地購入が盛んに行なわれました。

 

買う人がいれば、当然価格も上昇します。経済も高度成長していました。

 

買いが買いを呼ぶという、過熱相場のような状態が長く続いたのです。

 

土地が値上がりすることによって、住宅価格も上昇します。

 

住宅ローンを組んで購入したマンションの価格が上がったので、売却してさらに高額なマンションを購入。

 

それを何回か繰り返すと、最後は都心近郊の豪邸が買える:::

 

こんな「住宅双六」みたいなケlスがたくさんありました。

 

早く買わないと値上がりする。

 

人々は争って住宅を買おうとしました。

 

1990年以前、人気のあるマンションは抽選となるのが当たり前でした。

 

中には十数回も落選を繰り返す人もいました。

 

この時代に不動産業界の悪しき体質として、エンドユーザーに対して「売ってやる」というスタイルが定着したようです。

 

彼らの「勘違い」は、その後時代が変わったにもかかわらず、いまだに続いています。

 

このころ、運よく抽選に当たった人は「住宅双六」を始められて、何十年か先に豪邸を持てる。

 

でも、抽選に外れ続けた人は、いつまでも狭い賃貸住宅でガマン:::。

 

「住まいを買えば、将来の「資産」になる」人々は、無邪気にそう信じたのです。実際、バブルが終わるまではそうでした。

あの時代:::

 

人々は住宅選びにあまり悩むことはなかったといえます。

 

「とにかく、よさそうなものを買え」
 

そうすれば、何年か先には必ず値上がりしたのです。

 

でも、この「土地神話」はいまや完全に崩壊しました。

 

不動産といえども、自由主義経済の下では「需要と供給の関係」で価格が決まります。そして、不動産に対する需要は以前ほど旺盛ではなくなったのです。

不動産も、使ってこそ価値がある

世の中には、いろいろな地主さん、オーナーさんがいます。

 

「青山に土地を持っている」
「芦屋に家を持っている」
「栄にピルを持っている」

 

いいですね。うらやましいですねl。私も持ちたいです。

 
でも、青山の土地はほったらかしにしておけば、草が生えるだけ。芦屋の家も住んでいなければ、ただ朽ちていくだけ。栄のビルもテナントが使ってくれないと家賃収入が入りません。

 

そして、それぞれなにもしなければ固定資産税というパカ高い経費がかかります。

 

世にある不動産とは、使っていなければなにも生み出さないし、維持するのに経費がかかる、ある意味「厄介な」持ち物なのです。

 

考えてみれば、これはごく当たり前のことです。土地や建物の「不動産」は人間の暮らしに役立つことで価値を持ちます。

 

まず、人が暮らすための住宅。そして、仕事のためのオフィスや工場、倉庫、庖舗、施設、それに農業のための田んぼや畑:::。それぞれの不動産は、なんらかの役割を果たしています。

 

逆に、なんの役にも立たない僻地の山林は、不動産であっても価値のないものです。

 

つまり、不動産といえども人の暮らしに役立ってこそ価値があります。

 

ところが

 

じつはこれまでの長い間、日本社会は不動産の価値をこの「どれだけ役に立っか」という実用性の尺度ではなく、別の価値観を使ってとらえてきました。それは、不動産自体の「資産性」を重視する考え方です。

 

これって、ちょっとへンだと思いませんか?

 

不動産は、読んで字の如く「動かざる資産」。

 

だから、資産としてとらえても間違いではありません。

 

でも、資産として価値が生まれるためには、まず「役に立つ」という実用性が前提となります。

 

なぜなら、役に立たないものには価値がないからです。

 

しかし、な、ぜかこの国では不動産そのものの資産性ばかりが重視され、実用性は二の次に考えられてきました。

 

すなわち「不動産は、使うよりも持っていることに意味がある」という思い込みが、多くの人を支配してきたのです。

 

その結果、企業は「自社ピル」や「自社工場」を持つことを重視し、個人は「持ち家」に対するこだわりや漠然としたステイタス感を抱いてきました。

 

でも、この「資産性〉実用性」という不動産に対する思い込みは、あまり健全ではありません。

 

なぜなら、不動産は使ってこそ価値があるからです。使わなければ、ないも同じ。

 

そして、どれほど使い勝手がよいかによって価値(価格)が決まるのが自然です。